2015年02月16日

沙也可が取り持つ会談 日韓関係好転へ期待

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(1400人の日本人が参加しソウル市内ロッテホテルワールドで開かれた日韓友好観光交流の夕べであいさつする二階俊博・自民党総務会長)
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(テレビで大きく取り上げられていることもあり、交流の夕べ終了後も二階氏の周りには人垣が絶えず若い女性たちに拍手で迎えられ記念撮影、韓国要人も次々と握手や挨拶に訪れた)
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(会場のソウル市内ロッテホテルワールドには歓迎の垂れ幕が)
 日韓国交正常化50周年を記念した日韓友好交流ツアー(関西発友鹿洞コース13日から15日の2泊3日)に私も参加してきました。ソウル市内ロッテホテルワールドを会場にした日韓友好観光交流の夕べ式典など歓迎会や勉強会など強行軍で、観光は最終日帰る直前の約3時間という特殊なツアーでしたが、自民党の二階俊博総務会長が全国から1400人余を集めた大デレゲーションが訪韓、13日は朴大統領との会談も実現したこともあり、政治的に“凍りつくように冷え切った”両国の関係が「これを機会に改善へ向かう」という韓国内での期待の大きさをひしひしと実感しました。
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(金忠善(キム・チュンソン、沙也可)将軍、大邱広域市発行のパンフから)
 また二階会長と朴槿恵大統領との会談では、尾花正啓・和歌山市長を団長にわれわれがそのゆかりの地、大邱広域市友鹿洞を訪ねた沙也可(帰化名、金忠善)将軍の話で始まり、大統領はこれまでになく終始和やかな表情だったと聞き、和歌山ゆかりの政治家と歴史上の将軍をきっかけに日韓の歴史の大きな節目になれば素晴らしいことですし、和歌山県民としても嬉しい限りです。
 今回の大訪韓団は、昨年2月11日、和歌山市の和歌山ビッグホエールで開かれた「第10回国内観光活性化フォーラム」(全国旅行業協会主催)に参加した朴三求(パク・サムグ)クムホアシアナグループ会長と全国旅行業協会の会長を務める二階氏が韓国で交流イベントを開くことで一致し、実現したものです。
 今回の訪韓団の話は、韓国の有力紙・朝鮮日報が「自民党の二階俊博総務会長が来月13日から16日にかけ、韓日国交正常化50年を記念し、県知事や官庁トップ、企業家、一般人ら約1000人からなる日韓友好・交流観光団を率いて韓国を訪れる。関係の冷え込みで国交正常化の記念文化行事が中止される中、今年初めて行われる大規模な民間交流イベントとなる」(1月27日)など事前に大きく報じられ、今回の会談、式典についても各社が大きく報道しています。
 朴大統領との階段で話が出た沙也可(帰化名、金忠善)将軍は、秀吉の朝鮮出兵の際、鉄砲隊の将として出兵するも「この戦いに義はない」として朝鮮軍に降伏。逆に相手に鉄砲を教え、その後の戦いにも大きな功績を残し、李王朝の将軍にまで昇りつめ、金忠善(キムチュンソン)という姓を賜り、大邱郊外の友鹿洞に住み、今も一族が住んでいます。

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(花束を歓迎の贈られた尾花正啓・和歌山市長=右、出迎えて歓迎する一族の代表「賜姓金海金氏宗会」の金相保会長=真ん中帽子の人、大邱広域市友鹿洞の達城韓日友好館で)
 
 日本では正式な記録はないのですが、司馬遼太郎氏が「街道をゆく2韓のくに紀行」で紹介しその存在が知られることに。私もこれを読んで存在は知っていましたが、まさか和歌山に縁があるとは、10年前和歌山に来るまで知りませんでした。和歌山在住で和歌山放送の番組審議会の委員を長年やって頂いていた作家・神坂次郎氏が小説「海の伽倻(かや)琴」などで、紀州雑賀衆の首領・鈴木孫市郎であることを主張されていたのです。サイカをサヤカと聞こえた、雑賀衆はその鉄砲の技術で信長軍を苦しめたが最後は秀吉に負け、秀吉軍の鉄砲隊として朝鮮に送り込まれた…そんな経緯を知るとありうる話で、私も神坂次郎氏を読み、直接お話を聞くうちに沙也可=雑賀説は納得でき、腑に落ちてきます。
 神坂次郎氏と二階氏らの働きかけなどで、2001年には「海の伽倻(かや)琴」が韓国語訳で出版され、10年には沙也可から数えて14代目など一族が来日し、和歌山で「沙也可シンポジウム」を開催、東照宮の参道に両国の言葉で功績を刻んだ顕彰碑が建立されています。12年には沙也可の偉業を讃え、位牌が祀られている「鹿洞書院」の脇に「達城韓日友好館」が建てられ、その二階には和歌山コーナーも設けられ神坂次郎氏の小説「海の伽倻琴」とその翻訳本などが展示されるなど韓国・大邱市側もサヤカ将軍は和歌山出身が有力となりつつあるのです。
 一度沙也可の土地を訪ねたい、と思っていたところなので、今回の訪韓団に参加しましたが、和歌山市のメンバーを見てびっくり。神坂次郎氏の娘さんが内外交流課長として尾花市長に同行していたのです。13日夜の金氏一族との交流会では私も閉会の挨拶を仰せつかりましたが、和歌山市と沙也可の郷との交流は神坂次郎氏の小説がきっかけ。帰国したらご報告に、と思っていたところなで不思議な縁を感じ、会場の皆さんにその存在をご紹介したところです。
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(神坂次郎氏の小説「海の伽倻琴」とその翻訳本など沙也可関連の資料が展示されている達城韓日友好館)

 沙也可には、もうひとつのエピソードがあります。06年経済産業大臣だった二階氏を、野党のハンナラ党の党首だった朴槿恵氏が訪ねた際に沙也可の存在が話題に。二階氏が「その子孫は7000人とも言われ、その中には法務大臣になられた方(金致烈氏)も」と話すと、朴氏は「友鹿洞は自分の選挙区で、金致烈氏は、父の朴正煕・元大統領が最も信頼していた人。私が選挙に初めて出馬した際には、指導してくれた人です」と話が弾んだというのです。
 こうした二階氏特有の政治家をはじめ各界要人との普段からの交流、信頼の積み重ねが“凍りつくように冷え切った”両国関係の中での会談を実現させたのだと思います。
 両国は経済はもちろん文化芸術、スポーツなどきっても切れない関係なのに、両国首脳が腹を割って話もできず、交流にブレーキをかけている現状は異常です。両国間の冷めた関係の中で、お互いを感情論で罵り合い、攻撃・排斥する一部の人たちの言動には時代を逆戻りさせかねない危うさを感じます。両国首脳には、今回ようやくセッティングされた危機打開の糸口、チャンスを最大限活かし、政治家として使命・責任を背負って勇気ある決断をお願いしたいところです。
posted by nkouji at 20:00| Comment(0) | あちこちの話

2015年02月14日

日韓友好観光交流の夕べ

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 ソウル市内のロッテホテルワールドで開かれた日韓友好観光交流の夕べは、14日午後6時から始まり、夜10時前まで4時間近いパーティーとなりました。
会場では、日韓政財界のトップが次々とあいさつしたあと、朝鮮出兵の際、朝鮮側に投降し、鉄砲の使い方などを教えて活躍した沙也可(帰化して金忠善将軍)の存在を特集した釜山のテレビ局の映像がながれ、われわれ訪韓団と大邱から一緒に新幹線で参加していた子孫、賜姓金海金氏宗家の金相保会長らが紹介され、金会長らは感激の面持ちでした。また、両国の民俗芸能などが次々と紹介され交流会を盛り上げていました。トリは、演歌歌手、キムヨンジャが登場、両国の歌を熱唱、参加者を魅了していました。
posted by nkouji at 23:00| Comment(0) | 和歌山放送のこと

日韓友好観光の夕べが開かれる

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 日本から1400人余が参加する日韓友好観光交流の夕べが14日午後6時から、ソウル市内のロッテホテルワールドで始まりました。前日、朴槿恵(パク・クネ)大統領と二階俊博・自民党総務会長が日韓の正常化に向けて会談したこともあり、さらにはこれだけの日本人が日韓国交正常化50周年の記念すべき年に集まったことは、韓国のマスコミにも驚きのようで、記者やテレビクルーが集結、大盛会となっています。
posted by nkouji at 19:21| Comment(0) | あちこちの話

沙也可(金忠善)の郷を訪ねる

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(ソウル駅と韓国の新幹線)
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(金氏の子孫、関係者の方々との親睦会、大邱市のアリアナホテルで)

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(大邱広域市達城郡晶面友鹿里の達城韓日友好館で一族代表の歓迎を受ける尾花正啓市長ら)
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(予想以上に立派な友好館=上で、2階には和歌山のコーナーも)
 韓国の1日目は、ソウル駅から韓国の新幹線に乗って大邱市の東大邱駅へ。豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、朝鮮加藤清正の右先鋒将として出兵するが「この戦いに大義はない」と朝鮮に帰化した沙也可(帰化名金忠善)将軍の郷を訪ねるためで、昨夜は大邱市内のホテルで、尾花正啓・和歌山市長、門博文・衆議院議員らも参加して沙也可の子孫の賜姓金海金氏宗会の金相保会長らと交流する懇親会がありました。
 今日は朝から大邱の郊外にある沙也可将軍の功績を伝える鹿洞書院の脇に3年前に完成した達城韓日友好館を訪ねました。友好館は、韓国と日本の歴史を学び、沙也可の戦いを3Dで体験出来るPR映像館や2階には、和歌山との関連性を示す資料館などもあり、予想以上に立派な記念館でした。
 念願の沙也可の里は訪れることが叶いましたが、午後にはソウルへトンボ返りで、鹿洞書院もゆっくり見学できず、墓所へのお参りも出来なかったのが心残りでした。
posted by nkouji at 04:00| Comment(0) | 和歌山放送のこと

2015年02月13日

国交正常化50周年記念事業の韓国親善訪問団でソウルへ

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(ソウル市の金浦空港には歓迎の儀式が)

 国交正常化50周年記念事業の韓国親善訪問団の一員として13日、韓国を訪問しました。午後関空から、ソウル金浦空港におりましたが、新聞記者時代に1988年のソウル五輪を特派員チームとして訪問して以来、実に27年ぶり。当時、まだ冷戦時代、五輪の成功で国際的にもデビューする様を目の当たりにしました。当時ようやく建ち始めていた高層マンションが今では乱立し、時の流れを感じひしひしと感じました。
posted by nkouji at 20:00| Comment(0) | あちこちの話

2015年02月09日

第103回和歌山放送情報懇談会に高野山真言宗宗務総長の添田隆昭師

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第103回和歌山放送情報懇談会が9日、和歌山市のホテルグランヴィア和歌山で開かれ、総本山金剛峯寺執行長で高野山真言宗宗務総長の添田隆昭師に「大師はいまだおわしますか」と題して講演していただきました。
 和歌山放送の情報懇談会(会員制)は、「最もタイムリーでインパクトあるテーマ」を考えながら、年4回講師を招いた講演会やシンポジウムを開催しています。今回は、今年4月2日から50日間にわたって高野山で開催される「高野山開創1200年記念大法会」を記念、また和歌山放送開局55周年の掉尾を飾る情報懇談会として企画されました。
 添田師は、約30年前に「かいまみた死後の世界」という著作の中で「臨死体験」という言葉を使ったアメリカの医師のレイモンド・ムーディに触れ、「この臨死体験という言葉は、死を前にして肉体と精神がどういう葛藤を演ずるかを解き明かすキーワードになっている」。さらに尊厳死の先駆者、アメリカの医師キュブラー・ロスの体験や添田師が実際に聞いた話などから「様々な臨死体験が例として寄せられているが、死に近づいた体験は、トンネル状のものに吸い込まれる、それを抜けると、えも言われぬ光が(あるいは光る人が)現れる、日本の昔話では閻魔様だが、(お前の人生はどんな人生を生きてきたか)が問われ、全人生が走馬灯のように総天然色で現れる…など宗教、民族、男女、年齢の差を超えて共通している」「なくなった人と残った人は、ずっと同じ空間を生き続けている。なくなった人は、生きている人のことはちゃんと知っており、(愛する人がピンチの時は)生と死の淵を乗り越えて現れてくれるケースはよくあることです」といいます。
 高野山では、弘法大師が奥の院で座禅をして千年間を生き続けているといわれているのはなぜか。一見荒唐無稽のような話ですが、世界に共通している臨死体験や、亡くなった人たちは、生き残った人たちと同じ空間を生き続けて、生と死の淵を乗り越えて現れるという世界共通の実話を考える時、大師はいまだおわします、は決して荒唐無稽な話ではないのです」という意味のことを述べられました。千年を超える信仰、その精神世界の深い話にグイグイと引き込まれました。
 この日の講演、和歌山放送で2月22日(日)午後1時から1時間の特別番組で放送予定です。ぜひお聞きください。また弘法大師の「入定留身(にゅうじょうるしん)」信仰や世界の臨死体験などをさらに知りたい方には、講演と同名の添田師の著作「大師はいまだおわしますか」(高野山出版社)も出版されています。
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posted by nkouji at 20:25| Comment(0) | 和歌山放送のこと

2015年02月07日

真田幸村一色の九度山町を歩く

 戦国期の名将・真田幸村が父・昌幸とともに雌伏の時を過ごした郷・和歌山県・九度山町を歩きました。
真田昌幸・幸村父子が隠遁の屋敷跡である善名称院真田庵からお昼はそば処幸村庵、松山常次郎記念館から旧道を歩いて旧萱野家・大石順教尼の記念館(運悪くこの日は休館)、それに足を伸ばして慈尊院、官省符神社と回りましたが、旧街道の民家には真田家の家紋の六文銭の鉢植えが連なり、各民家の軒先には真田隊のカラーである赤色の兜のミニチュアの飾りが吊るされており、戦国時代とは行きませんが古き良き時代にタイムスリップしたような気分になりました。来年のNHK大河スペシャルに「真田丸」が決定したこともあり、町をあげて真田色一色で盛り上げる機運を感じます。来年はブレークの予感がします。IMG_0791.JPG
(真田昌幸・幸村父子が隠遁の屋敷跡である善名称院真田庵)
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(善名称院真田庵の門には、六文銭と菊の紋)
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(記念館に展示されている鎧兜)

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(旧街道の民家の軒先に吊るされた、真田隊の象徴である赤の兜のミニチュアが)
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(旧街道を歩いていると、懐かしい百貨店の看板や大きな陶器の金時が出現しタイムスリップした気分に)


posted by nkouji at 22:14| Comment(0) | ディスカバーワカヤマ