2015年03月16日

台湾・高雄市の旅

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先週末、台湾・高尾に2泊3日で行ってきました。現地の岡山ロータリークラブの創立50周年を記念式典に参加するのが目的。ほとんど団体行動で自由時間もなかったのですが、初の台湾は南国の雰囲気で新鮮でした。
予想以上の熱烈歓迎で、昼食も延々と2時間以上、2晩続きの歓迎会、50周年記念式典の祝宴も豪華な中華料理で参りました。中でもびっくりしたのが、佛跳牆(ぶっちょうしょう、フォーティャオチァン=写真上)という高級スープ。海や山の幸の高級食材の乾物を数日かけて調理する福建料理の伝統的な料理。「仏跳湯」、「仏跳醤」とも呼ばれ、名前は、お坊さんがスープのあまりにいい香りに垣根を跳び越えて飲みに行くという意味とか。壷に入って出てくるもので、店によっては一壷なんと数十万もする高価なものと聞いてびっくりします。
また、南国だけに街や夜市を歩くとこれまで食べたこともない果物が。そんななかで、見てくれは悪いのですが、意外と美味しくてハマってしまったのが、レンブ(蓮霧)です。フトモモ科ジャワフトモモの果実。
最初は、ピーマンのようでとてもフルーツには見えなかったのですが食べると、リンゴとナシの中間のようなあっさりとした味わい。ミネラルが豊富で、カリウムも多く含まれていると聞くと、現地で愛されて理由が納得出来ます。
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(赤いピーマンのようなのがレンブ・蓮霧)
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2015年02月16日

沙也可が取り持つ会談 日韓関係好転へ期待

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(1400人の日本人が参加しソウル市内ロッテホテルワールドで開かれた日韓友好観光交流の夕べであいさつする二階俊博・自民党総務会長)
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(テレビで大きく取り上げられていることもあり、交流の夕べ終了後も二階氏の周りには人垣が絶えず若い女性たちに拍手で迎えられ記念撮影、韓国要人も次々と握手や挨拶に訪れた)
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(会場のソウル市内ロッテホテルワールドには歓迎の垂れ幕が)
 日韓国交正常化50周年を記念した日韓友好交流ツアー(関西発友鹿洞コース13日から15日の2泊3日)に私も参加してきました。ソウル市内ロッテホテルワールドを会場にした日韓友好観光交流の夕べ式典など歓迎会や勉強会など強行軍で、観光は最終日帰る直前の約3時間という特殊なツアーでしたが、自民党の二階俊博総務会長が全国から1400人余を集めた大デレゲーションが訪韓、13日は朴大統領との会談も実現したこともあり、政治的に“凍りつくように冷え切った”両国の関係が「これを機会に改善へ向かう」という韓国内での期待の大きさをひしひしと実感しました。
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(金忠善(キム・チュンソン、沙也可)将軍、大邱広域市発行のパンフから)
 また二階会長と朴槿恵大統領との会談では、尾花正啓・和歌山市長を団長にわれわれがそのゆかりの地、大邱広域市友鹿洞を訪ねた沙也可(帰化名、金忠善)将軍の話で始まり、大統領はこれまでになく終始和やかな表情だったと聞き、和歌山ゆかりの政治家と歴史上の将軍をきっかけに日韓の歴史の大きな節目になれば素晴らしいことですし、和歌山県民としても嬉しい限りです。
 今回の大訪韓団は、昨年2月11日、和歌山市の和歌山ビッグホエールで開かれた「第10回国内観光活性化フォーラム」(全国旅行業協会主催)に参加した朴三求(パク・サムグ)クムホアシアナグループ会長と全国旅行業協会の会長を務める二階氏が韓国で交流イベントを開くことで一致し、実現したものです。
 今回の訪韓団の話は、韓国の有力紙・朝鮮日報が「自民党の二階俊博総務会長が来月13日から16日にかけ、韓日国交正常化50年を記念し、県知事や官庁トップ、企業家、一般人ら約1000人からなる日韓友好・交流観光団を率いて韓国を訪れる。関係の冷え込みで国交正常化の記念文化行事が中止される中、今年初めて行われる大規模な民間交流イベントとなる」(1月27日)など事前に大きく報じられ、今回の会談、式典についても各社が大きく報道しています。
 朴大統領との階段で話が出た沙也可(帰化名、金忠善)将軍は、秀吉の朝鮮出兵の際、鉄砲隊の将として出兵するも「この戦いに義はない」として朝鮮軍に降伏。逆に相手に鉄砲を教え、その後の戦いにも大きな功績を残し、李王朝の将軍にまで昇りつめ、金忠善(キムチュンソン)という姓を賜り、大邱郊外の友鹿洞に住み、今も一族が住んでいます。

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(花束を歓迎の贈られた尾花正啓・和歌山市長=右、出迎えて歓迎する一族の代表「賜姓金海金氏宗会」の金相保会長=真ん中帽子の人、大邱広域市友鹿洞の達城韓日友好館で)
 
 日本では正式な記録はないのですが、司馬遼太郎氏が「街道をゆく2韓のくに紀行」で紹介しその存在が知られることに。私もこれを読んで存在は知っていましたが、まさか和歌山に縁があるとは、10年前和歌山に来るまで知りませんでした。和歌山在住で和歌山放送の番組審議会の委員を長年やって頂いていた作家・神坂次郎氏が小説「海の伽倻(かや)琴」などで、紀州雑賀衆の首領・鈴木孫市郎であることを主張されていたのです。サイカをサヤカと聞こえた、雑賀衆はその鉄砲の技術で信長軍を苦しめたが最後は秀吉に負け、秀吉軍の鉄砲隊として朝鮮に送り込まれた…そんな経緯を知るとありうる話で、私も神坂次郎氏を読み、直接お話を聞くうちに沙也可=雑賀説は納得でき、腑に落ちてきます。
 神坂次郎氏と二階氏らの働きかけなどで、2001年には「海の伽倻(かや)琴」が韓国語訳で出版され、10年には沙也可から数えて14代目など一族が来日し、和歌山で「沙也可シンポジウム」を開催、東照宮の参道に両国の言葉で功績を刻んだ顕彰碑が建立されています。12年には沙也可の偉業を讃え、位牌が祀られている「鹿洞書院」の脇に「達城韓日友好館」が建てられ、その二階には和歌山コーナーも設けられ神坂次郎氏の小説「海の伽倻琴」とその翻訳本などが展示されるなど韓国・大邱市側もサヤカ将軍は和歌山出身が有力となりつつあるのです。
 一度沙也可の土地を訪ねたい、と思っていたところなので、今回の訪韓団に参加しましたが、和歌山市のメンバーを見てびっくり。神坂次郎氏の娘さんが内外交流課長として尾花市長に同行していたのです。13日夜の金氏一族との交流会では私も閉会の挨拶を仰せつかりましたが、和歌山市と沙也可の郷との交流は神坂次郎氏の小説がきっかけ。帰国したらご報告に、と思っていたところなで不思議な縁を感じ、会場の皆さんにその存在をご紹介したところです。
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(神坂次郎氏の小説「海の伽倻琴」とその翻訳本など沙也可関連の資料が展示されている達城韓日友好館)

 沙也可には、もうひとつのエピソードがあります。06年経済産業大臣だった二階氏を、野党のハンナラ党の党首だった朴槿恵氏が訪ねた際に沙也可の存在が話題に。二階氏が「その子孫は7000人とも言われ、その中には法務大臣になられた方(金致烈氏)も」と話すと、朴氏は「友鹿洞は自分の選挙区で、金致烈氏は、父の朴正煕・元大統領が最も信頼していた人。私が選挙に初めて出馬した際には、指導してくれた人です」と話が弾んだというのです。
 こうした二階氏特有の政治家をはじめ各界要人との普段からの交流、信頼の積み重ねが“凍りつくように冷え切った”両国関係の中での会談を実現させたのだと思います。
 両国は経済はもちろん文化芸術、スポーツなどきっても切れない関係なのに、両国首脳が腹を割って話もできず、交流にブレーキをかけている現状は異常です。両国間の冷めた関係の中で、お互いを感情論で罵り合い、攻撃・排斥する一部の人たちの言動には時代を逆戻りさせかねない危うさを感じます。両国首脳には、今回ようやくセッティングされた危機打開の糸口、チャンスを最大限活かし、政治家として使命・責任を背負って勇気ある決断をお願いしたいところです。
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2015年02月14日

日韓友好観光の夕べが開かれる

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 日本から1400人余が参加する日韓友好観光交流の夕べが14日午後6時から、ソウル市内のロッテホテルワールドで始まりました。前日、朴槿恵(パク・クネ)大統領と二階俊博・自民党総務会長が日韓の正常化に向けて会談したこともあり、さらにはこれだけの日本人が日韓国交正常化50周年の記念すべき年に集まったことは、韓国のマスコミにも驚きのようで、記者やテレビクルーが集結、大盛会となっています。
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2015年02月13日

国交正常化50周年記念事業の韓国親善訪問団でソウルへ

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(ソウル市の金浦空港には歓迎の儀式が)

 国交正常化50周年記念事業の韓国親善訪問団の一員として13日、韓国を訪問しました。午後関空から、ソウル金浦空港におりましたが、新聞記者時代に1988年のソウル五輪を特派員チームとして訪問して以来、実に27年ぶり。当時、まだ冷戦時代、五輪の成功で国際的にもデビューする様を目の当たりにしました。当時ようやく建ち始めていた高層マンションが今では乱立し、時の流れを感じひしひしと感じました。
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2014年09月13日

吉岡幸雄の世界〜カッシーナ・源氏物語との出会い〜

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(京都タカシマヤ7階グランドホールで開催中の「染司よしおか 日本の色 吉岡幸雄の世界〜カッシーナ・源氏物語との出会い〜」展)
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(作品解説する吉岡幸雄さん)

「染司よしおか 日本の色 吉岡幸雄の世界〜カッシーナ・源氏物語との出会い〜」と題する特別企画展が京都市下京区四条通河原町の京都タカシマヤ7階グランドホールで10日から(15日まで)で開かれており、先日寄ってきました。
 吉岡幸雄さんは、生家の染司よしおか5代目を継承、飛鳥・天平の美や源氏物語の世界など、古代植物染の復元に取り組んでおられ、「源氏物語の色辞典」(紫紅社)、「日本の色を染める」(岩波新書)など著書も多数あります。
 特別企画展では、光源氏がのちに最愛の人となる紫の上と出会い場面の「若紫」の帖を取り上げ「山吹を着る童女」の衣装を再現するなど、源氏物語の解説とともに衣装を展示。植物から生み出された独特の美しい日本の色に誘ってくれます。
 私が行った日は、吉岡幸雄さん本人による作品解説を聴く幸運にも恵まれ、いばし優雅で奥深い世界にしたることが出来ました。
 会場の一部はカッシーナの家具と共に展示、染司よしおか製の植物染めストール、バッグ、反物、座布団、書籍なども販売されており、女性の人気を集めていました。
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2014年09月05日

代々木公園の大半を閉鎖

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(閉鎖された代々木公園)

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(閉鎖された代々木公園の入り口付近は多くの報道陣が詰めかけていた)

ところで、日本・トルコ国交90周年記念コンサートが開かれた東京・渋谷のNHKホール周辺は4日夕、ものものしい雰囲気に包まれていました
 最寄りのJR山手線の原宿駅を降りて代々木公園の脇を通ると、テレビクルーら報道陣が詰めかけ、ヘリコプターが飛びかっているのです。
 代々木公園付近でデング熱が広がっていることはニュースで知っていましたが、同公園から採取した蚊からウイルスが検出され、感染も広がりを見せたことなどから、この日代々木公園の大半を閉鎖した直後だったのです。さらに夜のニュースで知りましたが、NHK職員にも感染者がみつかったそうです。。日本トルコ国交90周年のコンサートは多くの観客に感動を残して無事終了しましたが、閉鎖地区がもう少し拡大していたら開催も危ないところでした。
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日本・トルコ国交90周年記念コンサート

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日本・トルコ国交90周年記念して― 命をかけた救出劇 エルトゥールル号が結ぶ日本とトルコの友情 ―と題したメモリアルコンサートが4日夕方から、東京都渋谷区のNHKホールで開催されました。
コンサートには、日本・トルコ協会総裁の彬子女王が臨席されたほか、駐日トルコ共和国大使館からA.ビュレント・メリチ特命全権大使、和歌山からは仁坂吉伸和歌山県知事、田嶋勝正・串本町長らが出席されていました。
明治23(1890)年9月16日、和歌山県紀伊半島沖でエルトゥールル号が遭難、多数の犠牲者を出しましたが、串本町の大島島民の献身的な救助活動が69人の船員の命を救いました。
その95年後の1985年3月17日、イラン・イラク戦争で、イラクのサダム・フセインが「イラン上空を飛ぶ飛行機は全て撃ち落とす」と宣言し、イラン在住の日本人は脱出しようにも出来ずにパニック状態となっていました。その絶望と思われた戦火飛び交うテヘラン空港にトルコ航空の救出機が到着、日本人216人全員を乗せて国外脱出、命を救ってくれたのでです。
トルコの人たちは、100年前の海での恩を忘れず、空で返してくれたのです。
この日、日本・トルコ両国の国歌演奏に続いて、紀伊の国交響組曲 第5楽章「友情」の「九死に一生」〜テヘラン脱出と「エルトゥールル号の軌跡」〜が演奏されましたが、この交響組曲は、コンサートの“仕掛け人”で和歌山の実業家、向山精二さんが作詞・作曲したものです。
さらに串本町でいまでもエルトゥールル号の乗員に捧げる曲として子供らが歌い継いでいる「追悼歌」とともにいずれもを映像付きで向山精二さん指揮で演奏しました。
ちなみに、会場は満員で、両国の奇跡のような交流の歴史を映像付きの交響組曲で知った東京の観客や招待された各国大使館関係者らに、感動の輪が広がっていました。
日本とトルコの両国が、このコンサートを通じて友情の新しい歴史の一ページを刻んだことを目撃できた貴重な一日となりました。
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2013年08月25日

第10回KIX国際ドラゴンボート記念大会

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(開会式で、過去最高の参加者を前にあいさつする新関西国際空港株式会社の福島伸一会長)
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(恒例の入魂式)
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(市外に雨風が激しくなり中止決定に)

「第10回KIX国際ドラゴンボート記念大会」は、国内外から過去最高の59チーム、1500人が参加して午前8時半から開会式、9時からレースもスタートしたのですが、激しい雨と会場の「KIXそらぱーく」(1期・2期空港島間内部水面特設コース)の風速も海上で風速10メートル近くと強くなり、天気の回復の見込みも立たない、として、午前10時20分中止となりました。
 大会は10回目を数えすっかり定着しました。主催も昨年スタートした新関西国際空港株式会社に変わり、大会本部や選手たちが集合する2期空港島では、スタート時何もなかったところに滑走路、さらにはLCC専用の第2ターミナルが完成、すっかり風景が変わっています。
 開会式の午前8時半の段階でも雨が降っていましたが、新関西国際空港株式会社の福島伸一会長があいさつ、ドラゴンボートの目に朱を入れる恒例の入魂式で大会は予定通りスタートしました。中止を決定は、混合の予選の第6レースが終わったところで、混合予選も後1レースを残したところで結局記録も残らない残念な結果になりました。
香港、マカオ、シンガポールなどせっかく海外から7チームも参加してくれていたのですが、「この天気では、しょうがない」と、あちこちでチーム間の交流が広がっていました。
主催者の新関西国際空港株式会社の福島会長は「記録は残らず残念ですが、記憶に残る大会となりました」と話していたのが印象的でした。
スタッフの皆さんお疲れ様でした!
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2013年07月26日

Le Velvets(ル・ヴェルヴェッツ)

 
 いま売出し中のイケメン男性5人のボーカルグループ「Le Velvets(ル・ヴェルヴェッツ)」が26日、京都市左京区の吉田山のふもとの小さな音楽ホール「錦鱗館(きんりんかん)」(京都市左京区吉田神楽岡町3番地)で開いたホームコンサートに招待される幸運に恵まれました。
 60人も入れば満員という小さなホールで、クラシックの本格的なボーカルグループの歌声をピアノの伴奏のみ、時にはアカペラでマイクオフの生歌で思う存分聴けたのですからこんな贅沢はありません。
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 高級住宅街の一角、こんなところに音楽ホールが、と探しながら歩いていると、素敵な門構えの住宅に表札のような「錦鱗館」の看板が。門を入って坂道を下り、普通の住宅のような玄関を開けると隠れ家的な存在のホールが出現しました。 
 Le Velvets は、「上質なベルベットのような柔らかいハーモニーと上品な佇まいで、贅沢な時間と空間を演出するボーカル・グループ」を目指して名付けられたそうで、東京芸大など音楽大学出身者のテノール3人、バリトン2人の男性5人で構成、身長180センチ以上のイケメン揃い。
 和歌山では、島精機製作所の創立50周年記念式典に出演して、参加者の間で話題を呼びました。
 故島和代夫人も、その歌声に魅了された一人で、熱烈なファンだったことから、和代さんの社葬では、島さんの遺影に5人が涙をこらえながら歌っていたのが印象的でした。
 この日は、オペラやジャズ・ポップス、美空ひばりの演歌「津軽のふるさと」や民謡、アンコールではサッカーの国際試合で歌いその良さを再認識したという国家「君が代」まで飛び出しましたが、中でも私は和代さんの社葬の際に彼らが捧げた曲「The Letter To My Mother(母への手紙)」がいろんな思い出が呼び起され印象的でした。
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(最新のCDジャケット) 
posted by nkouji at 23:54| Comment(0) | あちこちの話